情報システム開発における「安心」
森 幹彦(京都大学 学術情報メディアセンター 助教)
車両の運転ではアクティブセーフティ、すなわち能動的な安全という言葉が使われる。これは、誰かに保護してもらうことによる安全ではなく、自らが獲得する安全と言える。能動的な安全を得るためには、誰かに保護してもらおうとする受け身ではなく、自らが常に情報を得ようとして状況を見極め、自らが判断しなければならないことになる。同様のことは「安心」にも言えるのではないだろうか。多様な関係者がいて進展の早い現代社会では、誰かが安心感を与えてくれるまで待つことは難しいからである。安心を能動的に得ようとすると、人はその対象の効果的な使用方法を探るとともに、その来歴や評判を調べようとする。とくに、意図された使用状況は何かや意図どおりに使用できるのかなどを納得するまで確認するだろう。つまり、設計されたときの意図やその経緯に注目することになる。さらに、利用者からのフィードバックをどのように受けてどのように対応したのかが注目されることもある。このような事情から、設計意図や開発のプロセスを残し、いつでも見せられるようにすることがますます重要になっていると言える。
設計意図の蓄積と開発経緯の記録が生む「安心」
近年、システム開発では、運用者や利用者などの関係者を巻き込んで設計・開発する考え方や取り組みがなされるようになってきている。最も古い時代は、利用者の手元に来るまでどのようなシステムを使えるかが利用者にはわからなかった。そのため、利用者の手に渡ってから問題が見つかった場合に、大きな手戻りが生じてしまっていた。そこで、できるだけ短いサイクルで改善のフィードバックを得た方が良いと考えるようになった。
また、以前から設計者は、自分の設計が上手くいくのかを早く知りたく、開発者は新しいものをできるだけ早く提供したく、運用者は安定したものを得たく、利用者は早く新しいものを使いたいというように、それぞれの立場の違いが対立を生み、開発の進行に影響を及ぼす原因となっていた。
そこで、最初から関係者と協働することで、現実的な解を見つけようとするようになった。別の見方をすると、このような考え方が情報システムの開発というプロジェクトに取り入れられることによって、それぞれの関係者の信頼関係の構築を促し、その安心感と納得感によって安定的にプロジェクトを進められるようになったとも考えられる。
このように、設計意図の蓄積と開発の経緯を残し続けることは、情報システムの開発における「安心」の一つと言えるだろう。さらに、開発に関わるすべての人が「安心」を得るべきだと考えられていて、そのためには設計者から利用者までのすべての関係者が協働する必要があると言える。本 ANSHIN プロジェクトにおいても、起点が異なっているにも関わらず考え方や向かう先が類似したことは大変興味深い。分野を超えて同じ問題を抱えているのであれば、協力して解決できる可能性を感じた。